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あるき みちにおく ことば


by iceman0560
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老人

ああ、今日もいる。

自転車で走りながらその姿を目の端に捉える。
ベンチに座り杖をついている。
白髪を後ろに撫で付けた老人はその姿勢のまま微動だにせず遠くを見ている。

その老人に気づいたのはいつだっただろうか。
時の流れが無関係であるかのようにその老人は常にそこに居た。
小奇麗な格好と柄の違いからずっとそこに居るわけではないのはわかる。
だが、そう思わせるほどに老人は居続けているのだ。

老人を最初に見たのはいつだっただろうか?
最初の記憶は10年以上も前になる。
それから、それ以前から老人はずっとそこに居た。

ああ、今日もいる。

いつもの通り道、そばの公園。
その中にあるベンチで老人は今日も座っている。
いつものように杖をついて、遠くを見て。

なんとなく、目が合った気がした。
そのまま導かれるように公園へ入っていく。
老人は動かない。
気のせいかと思いつつベンチの横を通り抜ける。

「…がな」
風の隙間に声が聞こえた。
「え?」
思わず老人を振り返る。
老人は相変わらず遠くを見つめている。
「妻がな」
もう一度声がした。
「約束なんじゃ」
老人は遠くを見つめたまま続ける。
「帰ってきたら公園のベンチで会おう、とな」
かすれたようなその声はとても疲れた響きを帯びていた。
「ずっと、待ってらっしゃるんですか?」
こちらの問いに老人は軽く頷く。
「じゃがそれも今日で終わりじゃ」
淡々と老人は続ける。
「そういって出かけていった妻は帰らず眠り、今朝逝った」
しばしの間をおき、続ける。
「わしがここにいる理由もなくなった」
と、過去を振り返るようにゆっくりと搾り出した。

「すまんの、変な話を聞かせて」
立ち上がりながら老人は言った。
「いえ…」
意外にしっかりとした足取りに驚きながらも、返す。
「あんたがいてよかったよ」
軽く微笑み、老人は去っていく。

―――ほかに方法を知らなかっただけさ
背中が、そう語っているような気がした。

それから、老人は見ていない。
公園には主の居なくなったベンチが今もある。
by iceman0560 | 2009-11-30 22:57 | 書き物